開眼供養に招かれて

鶯谷駅そばの寛永寺第一墓地で開眼納骨式が営まれました。
本堂傍で一周忌が営まれて私もお参りをさせて頂きました。
住職の読経の声が素晴らしいものですから施主より感嘆の言葉が有りました。
天台宗は『声明』と言いまして読経の声には心が揺さぶられます。
霊園では担当の石屋さんが誠意進めて下さいます。
サラシを巻く事が叶いませんでした、どう言った理由なのでしょうか?。
東京では珍しく納骨は壺ではなくてサラシのお骨袋に移し替えての納骨には驚きました。
そう言えば、関東で見がちな地上カロウト式で棚を造っての壺のまま納めるスタイルの墓石が一基も有りません。これには我が意を得たりと感服です。
であるならば、全ては寛永寺を見習って地下カロウト式に出来ない物なのか?。商売優先ではなくて祭祀優先の取り組みを石材店に願う所です。
写経も沢山書いて下さいました。
四方を清めたい所なのですが、狭くて土の部分が無いので塩と酒を撒く事が出来ず、代わりに米と抹香と水をご主人と二人のご子息の手で撒きました。
列席各位に散華をお渡しして合掌して頂きました。
墓前で、この墓石の素晴らしさを挨拶を兼ねて説明させて頂きました。
ご覧のように仏石の頂部には家宗旨に則して『ア字』が刻まれて純金箔が挿入されています。
ご本尊様に抱かれた仏塔なのです。
卒塔婆にも書かれています『宝塔なり』と。
仏様をお迎えした墓塔に納められて御母堂様も大満足のお墓なのです。
しかし残念なことに霊園の全てに仏種子を迎えた墓石が一本も無い事です。