〇〇家之墓は墓じゃない

何千万と言うお金を掛けた墓石が立っている。
虚勢と言われても仕方がない。
正面には『山田家之墓』と刻まれている。
そう言った看板を刻んで一体どうしようと言っているのか。
鈴木ではなくて山田である事は良く判りました。
それだけの事。
建墓とはそう言った標識を高額に買うのではなく、
亡き人を祀り供養する事に本懐がある。
本山にご本尊様が有るように、仏壇にご本尊様が有るように、外なる仏壇の墓石にもご本尊様をお迎えしない事には全くの意味を為さない。
石屋さんは石を売るだけ、
お寺さんはお経を上げて帰るだけ、
専門家である石屋もお寺も黙認?、
それって本業の放棄ではないのですか。
お墓の意味を教える、施主は素人なのですから。
甘い汁を吸うエサとしか見ていないこの実態、
いつか、誰かが、改善の旗を上げなければ益々衰退して行くこの業界。
何も私が心配をする必要もないのだが、
余りにも理不尽に陥っている。
もう取り返しがつかない。
お墓は勿論、宗教も瓦解している。
宗教離れ、聞いて久しい。
仏種子を迎えた墓石が一基も無い。
写経奉安した墓石が一基も無い。
正しいお墓を建てようと協力する石屋も一軒も無い。
家宗旨に則った建墓法を指導する僧侶もいない。
淘汰されて消えていく。